歩く50代夫婦の休日

今度の週末どこ行こう?明日の休みは何しよう?同年代のウォーキング好き・旅行好き・歴史好き・美味しいもの好きに向けて、こんなところもあるよ、こんな過ごし方もあるよと参考になれば幸いです。

まんざらくさま Manzaraku Shinto Shrine

 

このブログの別記事の

神奈川県立歴史博物館

https://sekenshirazuplus.hatenablog.com/entry/2019/02/13/%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8_%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E3%81%AE%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8%26%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E3%82%81

の中で、

 

今住んでいるところは静かな住宅地なのですか、その昔かなり遠くから参拝と行楽に大勢の人が訪れる何かがあったらしいのです。今は跡形もないので、どうやって調べればいいのかわからないでいました。

 

と書いたのですが、

 

ひょんなことから、わかってしまいまいました。

 

その昔多くの参拝者を集めていたのは…

 

『まんざらくさま』です!

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さいたま市南区の別所公民館の敷地内にあります。

跡形もない…と書きましたが、大勢の参拝客が来るなら大きなお宮に違いないと勝手に思っていたからです。浦和なら大きなお宮は調神社(つきじんじゃ・つきのみやじんじゃ)くらいしか見当たりません。

 

しかし、跡形はあったのです。

まんざらくさまは、とても小さな祠の中に残っていらっしゃいました。

 

ネットで調べたところ、http://sirahata6403.starfree.jp/h20130130.html

様の記事が詳しかったので、以下に該当部分を抜粋して再掲させていただきます。

 

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別所公民館敷地の西南角に「まんざらく」様が祀られてあります。
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 「縁起」
 この祠は、農家共有の通称一本杉と呼ばれる、
 総面積百八十四坪の灌漑用溜池の辺りに祀られていたもので、 古老の口伝によれば「まんざらく」様と称し、
 一時は信仰の対象として隆盛を極めたとのことである。
 今回近隣の発展に伴い、
 市の公民館建設用地に提供し、
 一画を分筆して、ここに祭祀した。
 昭和五十三年四月吉日
 浦和市別所農家組合
 (原文は縦書き・句読点なし)
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 「別所公民館・先輩に教わる地域の歴史」から
 その1
 一本杉の根元にマンザラク様の石の祠があり、灌漑用水の神様として祀っていた。(略)
 町田伊勢三さんが、板橋にコンクリートのお宮があるとの提案があり、500万円で買い受けた。
 基礎をしっかり作りお宮を祀った。中にご神体が入っている。
 年1回4月の花見の時期にお祭りをして、ナオライ(直会)をしている。
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 その2
 マンザラク様のお祭りについて
 現在の公民館の場所にあるマンザラク様の由来はよくわかりません。しかし,稲作に
 関連がある水神様でお稲荷さんにも関係があるようです。早魃の時に榛名山からお水
 を受けてきてマンザラク様に注ぐと雨が降ったと伝えられています。
 かつては,笹目のお稲荷さんと,一本杉のお稲荷さん(マンザラク様)とが,賑わいを
 競つたことがあるとのことです。当時は東京の吉原とか亀戸の花柳界の方々も参詣に
 みえたということです。蕨で汽車を降りて馬車で来たそうです。現在の別所坂下から別
 所沼へ通ずる公民館の前の道沿いに豆腐屋,酒屋,菓子屋という屋号の家がありまし
 たが,これも参詣者相手の商売屋の名残です。
 私の父の頃はマンザラク様の周囲に池がありましたが,年に 1回池を浚つて魚をとり,
 それを万店(マンダナ)さんで料理してもらつてマンザラク様の祠の周囲の空き地でお
 酒を酌み交わしていたそうです。その後,しばらくこの祭りは絶えていました。(略) 

 「まんざらく」とは
 宮古の民話に、地震のときにこの言葉を唱えるという記述あある。

 

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今は近くに武蔵浦和駅もあるのに、付近は参道らしいお土産やさんや料理屋さんなどは全くなくて静かな住宅街です。

 

蕨からだと馬車で来てもかなり時間がかかるのに、それでも賑わっていたなんてどういうご利益があったのでしょうね。

 

もしご興味がある方でしたら、別記事で紹介した別所沼公園につながる花と緑の散歩道を数分外れたところなので、ぜひ立ち寄ってみてください。